キヨシロー。


 やっと落ち着いて考えられるようになった。
 忌野清志郎が亡くなられた。

 お疲れ様です、日本のロックのボスよ。

 わたくしは、熱心なわけでも良いファンでもなかったが、
 その話題や影響は常々、聞き伝わってきておりました。

 氷室京介が、東京でうまくやれずにクサッて田舎へ帰ろうとした時に、
 RCの野音のライブを観て思いとどまり、
 改めて自分のバンド(暴威)を組んだのは、語り草になっております。

 高校の国語の縄田先生はストーンズとRCが大好きで、
 よく授業を潰して即席ロック講座を開いてくれました。
 学期末には真っ青な顔で、いつも詰め込み授業になっていましたが。

 世代が違うので、
 あ、へー、ぐらいの気持ちで聞いていたけど、
 こーやって夢中にさせる何かがあるのだなと、おもったものです。

 どちらかとゆーと、タイマーズやソロ時代のほうがリアルタイムで、よく聴いていました。
 例えば、
 タイマーズの「デイドリーム・ビリーバー」なんて、
 いまはキヨシローのオリジナルだとおもってるヒトもいるんじゃないかってぐらい、
 スタンダードなものになっています。
 それはキヨシローの訳詞とアレンジが完璧だからなんだけど、
 つまりは音楽の造詣の深さ。
 ただのロックスターやアナーキストでもなかった。

 そして、フジロック。
 キヨシローはフジロックのテーマソングを作っていて、
 毎年、苗場に着いて最初に耳にするのが、いつもキヨシローの歌声だった。
 世代も人種も関係なく迎えてくれた、
 その声で、フジロッカーたちはフェスティバルの始まりを知るのだ。

 確か、三日間連続でステージに立ったこともあったし、去年も立つはずだったのだ。
 いつでもそこにいて、
 いつでも歌っていた姿に、鈍感になっていたわけではないけれど、
 わたくしもそのステージをちゃんと観ることができなかった。

 それがただ、ただ、残念であります。




[PR]
by y.k-ybf | 2009-05-05 21:58 | 記述 | Comments(0)

むしろ、レコード・プレイヤー、の、ようなもの。


by y.k-ybf
プロフィールを見る
画像一覧