二度と喋るな。


 島田伸助が、活動を再開した。

 のはちょっと前で、
 なんか事件も風化しつつあるのに取りあげるのはタイミングがずれたような気もするが、
 ずっと引っかかってたことなので、とりあえず。

 自分は伸助の熱心なファンでも、
 番組を毎週観てるようなニンゲンでもないが、
 そーいった心情はべつとしても、
 今回の事件、伸助が一方的に悪いともおもえなかったし、
 早期の復帰を願っていた。
 多くのヒトがそう考えていたと、おもう。

 まあ、それはいいのだが。

 反対意見。
 つまり伸助擁護に対する意見として、
 時折目にしていたのが、
 「暴力を肯定するのか」
 「良い暴力など無い」というもの。
 言ってしまえば、
 暴力は暴力として裁け。といった論調である。

 僕自身の考えとしては、
 暴力を振るったのが事実ならば、ペナルティは受けるべきだとおもうので、
 その部分では賛同できる。
 しかしそこの意見では、
 なぜ暴力がふるわれたのか、背景の部分がすっぽり抜け落ちてしまっている。
 女性に暴力をふるうなんて言語道断だと、
 結果だけの、
 それも薄っぺらい表面のところだけの判断のように、感じる。
 それが間違っているとはいわないが、
 正しい意見でもないだろうし、公にするべきではないともおもう。

 暴力に訴えることを肯定するわけではないが、
 例えば。
 例えば、学校で、
 「校長先生の悪口を言っている生徒を、先生が殴って叱った」
 人柄や、関係性の影響は省くとして、
 悪いのは、誰か。

 犯人探しのようで申し訳ないが、
 分かり易い例えとして使わせていただくと、やはり生徒が悪いとおもう。
 僕は。

 繰り返しになるが、
 暴力には否定的だが、生徒は「叱られる」ようなことをしてしまった。
 それは事実で間違いないだろうし、
 また先生が暴力をふるったのも事実。
 だが、
 結果的に、「暴力」が責められることはあっても、
 先生は、間違っているのだろうか。
 その職務を剥奪されてしまうほどの、罪を犯したのだろうか。

 島田伸助は、
 被害者の女性から、引退まで要求されていると聞いた。
 そこに暴力が事実として存在していたとしても、
 はたしてその要求は、妥当なものなのか。
 本当に関連があるものなのか。
 被害者の女性は、いったい、なぜ殴られたのか。

 「良い暴力」なんて言葉は、
 いつも第三者の口から、発せられる言葉だ。
 理由がわからないから、
 「暴力」を、「良い」とか「悪い」とかで括りたがる。

 それこそ言葉の暴力だと、なぜ気付かないのか。
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by y.k-ybf | 2005-01-24 10:59 | テレビ | Comments(0)

むしろ、レコード・プレイヤー、の、ようなもの。


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