『ヤング・アメリカンズ』/David Bowie (089/100)


ヤング・アメリカンズ・スペシャル・エディション(DVD付)

デヴィッド・ボウイ / EMIミュージック・ジャパン



 1975年に発表された『ヤング・アメリカンズ』は、
 『ジギー・スターダスト』から確立したグラムロック期と、
 後のベルリン三部作と呼ばれる『ヒーローズ』などとの、ちょうど狭間の時期にあたるアルバムで、
 ブラックソウル、R&Bに挑んだ意欲作であり、異色作でもある。
 ブラックミュージックを取り入れたとゆーよりも、
 ブラックミュージックの世界へ自ら飛び込んだよーなコンセプトで、
 こーゆーアプローチは、ボウイにしては珍しいケースになるだろう。
 さらにジョン・レノンとの共作曲「フェイム」、
 ビートルズのカバー「アクロス・ザ・ユニバース」 が収録されたことで、余計な複雑さも含んでしまう。

 本来、
 『ヤング・アメリカンズ』はプラスチックソウル、白人であるボウイがソウルを歌うアルバムとして、
 より濃厚なモノになるはずであったが、
 ジョン・レノンとのナンバーを入れることで、かなり印象が変化したと推測できる。
 未収録となった曲は、どれもアルバムの方向性とマッチした、ソウルナンバーであったからだ。
 では何故、
 そこで曲をチェンジさせたのかって話になるのだが、理由は諸説あって、
 実際、収録曲やアルバムタイトルさえも定まらず、なかなか完成まで至らなかったそーだ。
 それをまとめ上げたのが、ジョン・レノンとの共演であるのも確かで、
 完成して発表されたアルバムの形こそが、必然だったと云っても間違いではないのだろう。
 「フェイム」は大ヒットして、今やクラシックなナンバーにもなったわけだし。

 只、
 わたくしがこのアルバムを聴いた時には、
 未収録だった曲もボーナストラックとしてCDに含まれている状態だったので、
 発表当時とも印象が違うんですよ。
 この曲は、何? ってなるし、
 製作経過も、その後のキャリアも評価も調べればわかるのだから。
 ジョン・レノンとの共演がなければ、どんなアルバムになっていたのかな、と。

 ベスト盤を除けば、このアルバムが最初に買ったボウイのオリジナルアルバムでした。
 (『ジギー』や『ヒーローズ』は友人の家で散々聴いておりました。)
 しかし前述の通り、
 偏ったタイプのアルバムでもあるので、好きになるまでだいぶ時間も掛かったのですが、
 理由はもう一つあって、
 表題曲の「ヤング・アメリカンズ」のインパクトが強烈過ぎて、
 アルバム全体がぼやけて聞こえてしまったのです。
 「フェイム」でさえも。

 ソウル、ファンク、ブルース、ロックンロールが渾然となった、あのサウンド。
 自らの欲心で正気を見失ったよーな歌詞は、難解で未だによく分からんのですが、
 失望と渇望が嵐のように渦巻き、
 低音からファルセットまで荒々しく舵を切るボウイの歌声に、圧倒される。
 プラスティック(偽物)なボウイが、
 対極のリアルなソウルを求めることで、電離のように生じたエネルギーが、
 この曲と、このアルバムには込められている。
 だからボウイのボーカルは冷たく哀しく、そして怒りに燃えているのだ。


 (シングルはヒットしたものの、アルバムのセールスは芳しくなく、
  ボウイも次作ではまたスタイルを変えるも、ドラッグ中毒が深刻な問題となり、
  例のベルリン時代へと移ることになる。
  だが世界的には、
  このアルバムが予見したようなダンス、ディスコブームが起こり、
  イギリスの若者たちがスタイルを参考にしたのは、『ヤング・アメリカンズ』期のボウイの姿だった。
  そしてそれがニュー・ロマンティックの下地となり、アメリカをも席巻するムーブメントとなったそーな。)


 とゆー、アルバム。
 最後に、「ヤング・アメリカンズ」の歌詞から抜粋。

 Ain't there one damn song
 that can make me break down and cry?
 (僕を打ちのめし、泣かせてくれる歌はないのか?)



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by y.k-ybf | 2013-12-12 00:48 | 音盤/100 | Comments(0)

むしろ、レコード・プレイヤー、の、ようなもの。


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