『ヤング・アメリカンズ』/David Bowie (089/100)
2013年 12月 12日
1975年に発表された『ヤング・アメリカンズ』は、
『ジギー・スターダスト』から確立したグラムロック期と、
後のベルリン三部作と呼ばれる『ヒーローズ』などとの、ちょうど狭間の時期にあたるアルバムで、
ブラックソウル、R&Bに挑んだ意欲作であり、異色作でもある。
ブラックミュージックを取り入れたとゆーよりも、
ブラックミュージックの世界へ自ら飛び込んだよーなコンセプトで、
こーゆーアプローチは、ボウイにしては珍しいケースになるだろう。
さらにジョン・レノンとの共作曲「フェイム」、
ビートルズのカバー「アクロス・ザ・ユニバース」 が収録されたことで、余計な複雑さも含んでしまう。
本来、
『ヤング・アメリカンズ』はプラスチックソウル、白人であるボウイがソウルを歌うアルバムとして、
より濃厚なモノになるはずであったが、
ジョン・レノンとのナンバーを入れることで、かなり印象が変化したと推測できる。
未収録となった曲は、どれもアルバムの方向性とマッチした、ソウルナンバーであったからだ。
では何故、
そこで曲をチェンジさせたのかって話になるのだが、理由は諸説あって、
実際、収録曲やアルバムタイトルさえも定まらず、なかなか完成まで至らなかったそーだ。
それをまとめ上げたのが、ジョン・レノンとの共演であるのも確かで、
完成して発表されたアルバムの形こそが、必然だったと云っても間違いではないのだろう。
「フェイム」は大ヒットして、今やクラシックなナンバーにもなったわけだし。
只、
わたくしがこのアルバムを聴いた時には、
未収録だった曲もボーナストラックとしてCDに含まれている状態だったので、
発表当時とも印象が違うんですよ。
この曲は、何? ってなるし、
製作経過も、その後のキャリアも評価も調べればわかるのだから。
ジョン・レノンとの共演がなければ、どんなアルバムになっていたのかな、と。
ベスト盤を除けば、このアルバムが最初に買ったボウイのオリジナルアルバムでした。
(『ジギー』や『ヒーローズ』は友人の家で散々聴いておりました。)
しかし前述の通り、
偏ったタイプのアルバムでもあるので、好きになるまでだいぶ時間も掛かったのですが、
理由はもう一つあって、
表題曲の「ヤング・アメリカンズ」のインパクトが強烈過ぎて、
アルバム全体がぼやけて聞こえてしまったのです。
「フェイム」でさえも。
ソウル、ファンク、ブルース、ロックンロールが渾然となった、あのサウンド。
自らの欲心で正気を見失ったよーな歌詞は、難解で未だによく分からんのですが、
失望と渇望が嵐のように渦巻き、
低音からファルセットまで荒々しく舵を切るボウイの歌声に、圧倒される。
プラスティック(偽物)なボウイが、
対極のリアルなソウルを求めることで、電離のように生じたエネルギーが、
この曲と、このアルバムには込められている。
だからボウイのボーカルは冷たく哀しく、そして怒りに燃えているのだ。
(シングルはヒットしたものの、アルバムのセールスは芳しくなく、
ボウイも次作ではまたスタイルを変えるも、ドラッグ中毒が深刻な問題となり、
例のベルリン時代へと移ることになる。
だが世界的には、
このアルバムが予見したようなダンス、ディスコブームが起こり、
イギリスの若者たちがスタイルを参考にしたのは、『ヤング・アメリカンズ』期のボウイの姿だった。
そしてそれがニュー・ロマンティックの下地となり、アメリカをも席巻するムーブメントとなったそーな。)
とゆー、アルバム。
最後に、「ヤング・アメリカンズ」の歌詞から抜粋。
Ain't there one damn song
that can make me break down and cry?
(僕を打ちのめし、泣かせてくれる歌はないのか?)