完全にフィクションなんだけど、フィクションだからこその凄みがある。
誰にでも起こるっつーか、誰もが抱えている、抑え切れない不安感を、具現化している。
粗筋も難しいストーリーなんですが、
連想したのは日本のTVドラマで、『それでも、生きてゆく』。
主演が瑛太と満島ひかり。
少年が少女を殺害するとゆー未成年の犯罪を、加害者と被害者の家族の視点から描いた、濃密なドラマ。
ま、比べてみるとそんなに似てないんだけど、絶望的な感覚は、共通してるかな、と。
話を映画に戻しますが、
母親役の、ティルダ・スウィントンの演技も素晴らしかったけど、
息子役を演じた役者さんたち(年齢ごとの)が、またよく見付けてくるなーってぐらい、怖い表情をしてくれます。
何が悪かったんだろ、とか、誰の責任だろ、とか、
そーゆーことではないと、早く気付きたいものでございます。
ボディ・ダブル、一丁!
と、ラーメン屋さんで使ってみるのも、いいかもしれませんね。わたくしは絶対使いませんけど。
この映画、監督はブライアン・デ・パルマで、84年の作品。
丁度『スカーフェイス』と『アンタッチャブル』の間に撮った、
えーと、、、
B級フルスロットルなサスペンスでございます。
売れない、冴えない、恋人には浮気されちゃう役者のクレイグ・ワッソンが、
隣のセクシーな女性を覗き見したことから始まる、サスペンス。
とゆーわけで、
ヒッチコックのオマージュです。『裏窓』です。
主人公は閉所恐怖症で、これは『めまい』です。 屍姦症か! とかツッコまれたりします。
あとは『ハリーの災難』も入ってるのかな。
全編そんな感じで、八十年代の技術でヒッチコックを再生させる狙いもあったのか、
んがしかし、
やればやるほど安っぽくなる、時代の悲哀。
何故か、ツッコミドコロ満載の映画になってしまったとゆー、チガう意味で楽しめる映画になりました。
Frankie Goes To Hollywoodの「Relax」がほぼ丸々使われてるんだけど、
まさか『知りすぎていた男』の「ケ・セラ・セラ」オマージュなんかな?
三池崇史監督が、ミュージカルへ大胆にアレンジ!
ダメだ! こんなの!!
わたくしは原作に思い入れもなく、世代でもないのでまともに読んでもいないのだが、これはさすがに違うだろ。
映画はコメディ調のミュージカルなわけだが、このアレンジは仕方がないとおもふ。
劇画全盛のあの世界観は、
いまや、どーやってもコメディになってしまう。映ってしまう。(それが通用して、面白いのは原作だけだ。)
ならば、
コメディに限る訳ではないが、
振り切った上で、物語のテーマ、核に回帰すればいいのだが、
まず、そこまで達していないし、もう一つ盛ったミュージカルの要素が、とにかく邪魔なんだわ。
つか、巧くないし、面白くない。
歌謡曲を使うとゆー判断は、とても良いとおもた。
冒頭のいくつかのシーンは、普通に楽しめた。
んが、段々と、
この歌、シーンとミスマッチじゃね? とか、
無理矢理に歌をねじ込んでね? とか、
ココは歌わねえんだ、とか、
途中からぜんぜん歌わねえんだ、とか、
ココは歌わせねえで、フツーに音楽流しちゃうんだ、
しかも一青窈の歌を、一青窈もキャストで出てるのに! とかー。
ミュージカル要素がマイナスにしかなっていない。
安藤サクラの扱いが又ヒドくて、
パンツ見せたり、強引に歌わせたり、このキャラ丸々要らないよな?
しかもコレ、134分もあるから、後半しんどかったよ。画面は暗いし。
コメディかミュージカルか、どっちかにすれば、まだ良かったと、おもふ。
妻夫木聡も、武井咲もガンバっていて、彼らに罪はない。
美術やヴィジュアルは、さすがのクオリティだった、、、のになぁ。。。