『1980(イチキューハチマル)』


1980
/ ビデオメーカー
ISBN : B00024Z7O8




 1984年という年号は、
 自分にとってはじめて意識的に記憶された年だった。

 ロス五輪があった年で、
 世界中がコカ・コーラの赤色に染まり、
 イーグルサムが飛び回っていた。
 資本主義に丸呑みされてるわけではあるが、
 なんだか自分と世界がリンクされたような、不思議な高揚感があった。

 まあ、気のせいかもしれんがな。

 そんなわけで、
 ジャンプ世代で、ファミコン(ゲーム)世代で、ガンダム(アニメ)世代で、
 ノストラダムスを本気で信じていた自分にとって、
 80年代ってのは、
 モラトリアムでも青春でもなくて、子供時代だったわけだ。
 だから、
 『1980(イチキューハチマル)』という映画で描かれている若者どもは、
 ずっと大人で、
 軽薄で、忌み嫌う存在であった。
 つまり、この映画にノスタルジィ的なものは、
 知識以上の部分では、感じるものは少なかった。
 だから「80年代」というキーワードを抜いたほうが、分かり易い。

 「年をとったからって、大人になれるわけじゃない」
 元アイドルの女性教師(笑)が、泣きながら言った言葉。
 ラストでは、
 占いで聞いた「20年後の未来」の結果を知り、「希望ある未来」を想う。

 この映画は、
 「あれから」20年後の2003年に、作られた。
 監督はケラリーノ・サンドロヴィッチ、
 ご存じのとおり、ナゴムのケラなわけで。

 あの好き勝手やってた人間が、
 あの頃を、好き勝手に映画にした。
 元々、この映画にあるのはノスタルジィなどではなくて、
 過去の自分や、自分たちへの、
 「変わらないよ」と、短い回答なのかも知れない。

 「それでいいんだよ」、と。

 今おもうと、
 80年代は、とても無垢で無知で世間に振り回されっぱなしの時代だったような気がする。
 勢いが早すぎて、新しいものが多すぎて、
 希望と不安がまったく同じ大きさにダブって、どっちも見えなくなっていた。
 でも、今、
 何が違うのかとも、おもう。

 20年後、
 また誰かが、「この時代」を映画に撮るのだろうか。

 そんとき、自分も50になっとるわけか。

 さて。
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by y.k-ybf | 2005-03-22 23:31 | 映画 | Comments(0)

むしろ、レコード・プレイヤー、の、ようなもの。


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