『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』、観た。


【映画パンフレット】 バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

FOX

undefined


※ 我ながらどーかしてるほどネタバレしてるので、
  観てない方は一言も読まないでくださいね。


 いきなり結末の話になりますが、
 彼が求めていたものと、
 彼に求められていたものが、
 奇跡的に一致したのが、あのラストではないか、と。
 つまり、「死」、だと。

 ラストの解釈は、「下」か「上」かで別れるとおもうが、
 彼の姿を追った娘の視線は下から上へ移動してるので、わたくしも「上」だとおもふ。
 劇中、彼は一度飛び降りており、それが幻想的な演出でもあったので、同種のものではないかと。
 彼はやっとバードマンの呪縛から解放されて、飛び立てたのだ、と。
 一瞬、窓ガラスに映る鳥の群れのように。
 そして仲違いしていた娘も、父の想いを理解し、共感することができた。
 同じ空を見上げて。

 或いは、
 空に昇るもう一つの意味、「死」とするならば。
 娘の視線は、目を背けたとも考えられる。
 彼が求めていたものは、
 じつは既に手にしているものであって、その象徴がバードマンである。
 しかしバードマンは自分でもあり、自分ではない。
 少なくとも彼はそう思っているし、そう願っている。
 映画の中で頻繁に出てくる鏡は、もう一人の自分を映すもの。
 他にも舞台と観客、役者と批評家、
 ネットも鏡の一種で、そこでは現実と理想が交錯している。
 バードマンは理想であるが故に、不死でもある。
 老いることもなければ、パンツ一丁で街中を歩いて嘲笑されることもない。
 不死とは、死、そのものだ。
 マイケル・ジャクソンが聖者となったように。もう二度と死なないように。
 彼がバードマンを現実の、こちら側に見るよーになったのは、
 死に憑かれたことを意味するのではないだろうか。
 ならばあのラストの飛翔とわ? 鳥とわ?

 ってなコトも考えられるわけですが、
 そこは観客がそれぞれ感じたもので、
 で、
 いいんじゃないかな。
 このぼやかしは、バードマンの肯定でもあるしね。
 わたくしは彼に生きていてほしいので、乗り越えたと、判断しましたが。

 とゆー、
 演劇の舞台を借りて、映画やエンタメからニンゲン心理の深みまで抉ってくる、痛烈な作品でした。
 そのテーマを活かすための、あのカメラワークなのだね。


 評論家のクソババアとの一件は、
 たいへん面白く、
 とても大切なコトを語っており、これから語り種になるシーンではないでしょうか。
 レッテルとゆー盲目について。

 劇中に演じられる劇の題名は、「愛について語るときに我々の語ること」。

 死に代わるものは、、、。


 (80点)


[PR]
by y.k-ybf | 2015-04-13 21:53 | 映画 | Comments(0)

むしろ、レコード・プレイヤー、の、ようなもの。


by y.k-ybf
プロフィールを見る
画像一覧