『SHARING』


 「絆」とゆー言葉の万能な有効性と甘い魅力は重々承知している。
 しかし、
 まるで対岸の火事を眺める興奮を宥める為に覆い被せたよーな「絆」には、
 抵抗を感じるし、心地の悪い違和感が生じる。
 頼んでもいないのに心境を代弁されるよーな、
 勝手に肩を組まれるよーな、気持ちの悪い「共有」が、
 物凄い早さで日本中に拡散していると、2016年の今こそ、つよく感じることがある。

 その「意思」は、何処からくるのか?

 『SHARING』は、
 感情の共有について、心理学とオカルトがせめぎ合うよーに描かれている。
 「いい話」にも「恐い話」にも映るのは、その為だ。
 特殊な製作過程があったにしろ、
 この映画に二つのバージョンが生まれたのも、必然としかおもえない。
 二つ「以上」ある、とは、
 まさにテーマそのものだからだ。

 『SHARING』は、本来複雑であるはずの感情を、まざまざと見せ付ける。
 偶然とか奇跡的に、とか云うのは監督やスタッフ、キャストに大変失礼なのだけど、
 一つ一つのシーン、長くて独立したよーなシーンの積み重ねが、
 結果、この映画を「ホラー」に仕上げたのではないか、とおもふ。
 まるで発明に近い感覚で。

 後半の、
 瑛子と薫が対面するシーンで、涙を流すのは瑛子だったとゆーのは、
 とても象徴的な名場面で。
 立場が逆だったなら、作品の印象も違ったことだろう。
 (泣く予定もなかったらしいけど、それが本当なら、更に…。)

 特撮や音響も素晴らしかった。
 あの迫力も、また感情の起伏の一つだとおもふと、
 なんつー斬新な映画なのか。

 ホントに、今年のうちに観れてよかった。
 そんな映画でした。


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by y.k-ybf | 2016-08-18 23:39 | 映画 | Comments(0)

むしろ、レコード・プレイヤー、の、ようなもの。


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