『葛城事件』


【チラシ付映画パンフレット】 『葛城事件』 出演:三浦友和.南果歩.新井浩文

ファントム・フィルム

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 最初に舞台版があり、後の映画化。
 舞台版はモデルとなった実際の事件により近く、特異な犯人像を主軸にしたもののよーで、
 同タイトルでありながら映画版とは異なる印象を受けた。
 (映画で長男役を演じた新井浩文は、舞台では死刑囚の次男を演じている。)
 その違いを知り、
 やっとこの映画を飲み込むコトができた。

 これは異質で異常な「物語」ではなく、日常に密かに育つ芽の記憶だ。

 傍らに、道端に、隣に、家族に、
 何処にでも育つ芽は、
 日常にあるが為に、見えてはいても、見失う。
 芽が、凶悪な牙を剥くまでわ。

 この映画で描かれる日常はエグい。
 あの家も、住宅地も、
 公園もゴミ捨て場も、寂れた金物屋も、
 当然、あの駅も、
 既視感とゆー言葉が白々しくおもえるほど、見慣れた光景だった。
 わたくしは下町の商店街に長く暮らして働いてもいるので、
 時代に取り残されたよーな店も、人気のない住宅地も、
 嫌ってほど見ており聞いておるので、背筋がゾワゾワする気分を味わった。

 庭の片隅に植えられたミカンの苗には、未来への希望が込められていたが、
 現実の未来は、
 その芽は、望まれたものではなかった。
 確かにあった希望は、
 どこかで歪み、押し潰され、「家族」とゆー言葉は火傷のよーに熱を帯び、
 その身と心を灼いていったのだろう。

 壮絶な日々へ、
 想像が捕らわれる、劇薬のよーな映画。



 追記。

 強圧的な力で家族を支配する父と、
 獄中結婚を望み、一方的なエゴを押し付けてくる女性は、
 同じ「父親」だった。
 父性無き、父。
 二人は只々、次男を追い込み、許そうともしない。
 (父は、
  諦観したかのよーに次男への罰を望むよーになり、
  女性はそもそも何の力も策もなく、状況だけを欲していた。)
 次男と父の言動が、時折重なる点も興味深く、
 長男との「違い」が強調される。

 そしてこの家族には、母親がいない。
 存在は既に形骸と化している。
 母性無き、母。
 食卓には冷めたピザが並び、
 料理が作られることはなく、温かい食事にはケチがつけられる。
 (あのコンビニ弁当とカップ麺の「最後の晩餐」が、最も「食卓」らしい皮肉。)

 時系列を組み替えて、物語ではなくエピソードで語る意図は、
 この家族を特異な存在にしたくなかったのだろう。
 独立した一枚の絵ではなく、
 どこにでも潜む、一つのピースである、と。


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by y.k-ybf | 2016-08-18 23:49 | 映画 | Comments(0)

むしろ、レコード・プレイヤー、の、ようなもの。


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