『大日本人』を、観る。そのに。


 『大日本人』を観てつくづくおもったのが、
 やはり松本人志には映画は作れないのだな、と、ゆー結論で。

 まず、驚いたのは、
 説明の少なさと、
 「設定」の取扱にみえる、マニア意識の希薄さ。
 おおまかな説明をすると、
 主人公でヒーロー的な役割の「大佐藤」と、
 戦うモンスターの「獣」がおるわけなんだけど、
 社会での実生活を描くだけで、
 つまり、どーなの? や、
 それから、どーしたの? やらの、描写がない。
 と、ゆーか、必要とされていない。

 「獣」は、どこから来て(現れて)、どこへゆくのか(逃げたり死んだり)。
 そのへんの説明が、まったくない。
 それは主人公ら「大日本人」についても一緒で。
 一番気になったのは、
 「獣」を撃退するには「大日本人」が適役なのに、
 周囲の不理解を、人気低下だけを原因にしているところ。
 ちと、無理があるな、と。
 それと、歴史的な役割も、世界的な状況説明もなく、
 釈然としない気分が残った。

 と、
 ゆーのが、『大日本人』が映画ではない理由だと、前に書いたんだけれども。
 つまりはですね。
 ここで最初の「マニア意識」に戻るんだけど、
 いわゆる、「裏設定」なものに、松本さんは興味がないんだな、と。
 そのへん、ザックリ切り落とせちゃうヒトなんだな、
 と、
 ゆーことが、言いたかったわけでございます。

 映画って、じつはここらがキモなんだなと、改めて気付いた次第でございます。
 知識と、情報が。


 次は、北野武との共通点などを。
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by y.k-ybf | 2007-06-08 22:53 | 映画 | Comments(0)

むしろ、レコード・プレイヤー、の、ようなもの。


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