2016年 06月 18日 ( 1 )

『FAKE』 ネコとケーキと。


 まず、
 このドキュメンタリー映画に必要な前情報は、あの「事件」の概要と主要人物だけで十分。
 むしろ鑑賞前の記憶の蓄積が、どんなモノだったのか?
 そこが重要となる。
 要するに、フツーにあの「事件」を記憶している程度で構わない。
 ネタバレは避けるつもりだが、こーゆー感想も読まない方がいい。


 わたくしはあの奇妙な「事件」について結論などなく、
 只々、
 フシギな状況が成立していたのだなと、逆に感心するよーにおもっておりました。
 佐村河内さんが悪いとの印象もなく、
 精力的にバラエティー番組に出演する新垣さんを、面白可笑しく笑っておりました。

 『FAKE』では、
 佐村河内さんの聴力障害の真偽について森達也監督本人が何度も追求しており、診断書類も映される。
 (決定的な記述もあるよーにおもえたが、そこはマスコミに黙殺された、らしい。未確認。)
 実際、「音」は判るよーで、
 「見る」ことも「感じる」ことも出来るし、疑わしくおもえる場面も無くはない。
 ココロの中を探るよーな、とんでもなくナイーブな問題だ。

 佐村河内さんが新垣さんに渡したとゆー、メモ。
 報道でも何度も使われたモノで、
 細かな文字でびっしりとテーマや構成を説明しており、
 図や引用も明確に記された、楽曲の設計図のよーなモノ。
 (音楽の)素人のわたくし目には、素直に、すげーなとおもえたし。
 コレは作曲の作業の一つであろうなと、おもえた。
 しかし他のヒトはそれを見て、
 「どーして楽譜にしないの?」と、当たり前の疑問を投げ掛ける。
 「どーして楽譜を学ばないの?」と。

 どっちも自然な反応で、当然な疑問だとおもふ。

 出演を断ったフジテレビの番組は、
 事前に行った説明からは想像もつかないほど下世話なバラエティー番組だった。
 そしてそこには、佐村河内さんの代わりに新垣さんが出演していた。
 ショックを受ける佐村河内さんに、
 森監督はテレビ番組の実態について、
 「佐村河内さんが出演したなら、番組も変化しただろう。
  テレビは素材を活かす為には迷わず最適な手段を取る」と、持論を伝える。

 「顔」とゆー情報が必要ならば、邪魔な手足は切り落とす。
 とゆーことであろうか。
 ならば、
 我々がメディアを通じて見てきた、あの「事件」の真実とは何なのか?
 そこで湧き上がった感情とわ?

 『FAKE』は、とても短絡的故に見失い易く、しかし驚くべきラストを迎える。

 ここに「答え」などなく、
 それを求める者はさ迷うまま劇場を後にすることだろう。
 これは佐村河内さんと、手話で通訳も兼ねてきた奥さんとの愛を記録した、映画だった。

 答えは、すぐそこに見えていた。
 誰もが見たがらなかっただけなのだ。


 FAKEとは、何を指した?


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by y.k-ybf | 2016-06-18 19:47 | 映画 | Comments(0)

むしろ、レコード・プレイヤー、の、ようなもの。


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