カテゴリ:映画( 747 )

『下妻物語』


下妻物語 スペシャル・エディション 〈2枚組〉
/ 東宝
ISBN : B0001M3XHO



 今さらこの映画を取り上げるのも恥ずかしいぐらいだが、
 今頃になって観たわけで、おもろかったので取りあげてみます。

 外連味のイメージが先行してて、手を出すのを躊躇しておりましたが、
 実際、
 監督さんの演出がたいへん素晴らしく、大味も小技もうまく配分されておりました。

 後半、なんかリズムは変わりましたが。

 深田恭子の演技も素晴らしかった。
 ココロが空っぽのところとか、
 イビツなんだけどスマートに演じてるところとか。

 ラストのキレるシーンは、ちょっとアレでしたが。


 桃子とイチゴの、
 だけじゃなくって、日本中の「桃子たち」と「イチゴたち」の物語。


 それにしましても、
 「BABY, THE STARS SHINE BRIGHT」とは、何ともイカす名前であろうか。
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by y.k-ybf | 2005-11-09 22:59 | 映画 | Comments(2)

『エイリアンVSヴァネッサ・パラディ』


 ふ、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

『エイリアンVSヴァネッサ・パラディ』
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by y.k-ybf | 2005-10-17 15:53 | 映画 | Comments(0)

『NO FUTURE A SEX PISTOLS FILM』 (2000)


ノーフューチャー デラックス版
/ ジェネオン エンタテインメント
ISBN : B00005L95T



 パンク・ムーブメントではなく、
 セックス・ピストルズというバンドのヒストリーを追った映画、ですね。

 バンド中心で、マルコムの扱いが、おもしろい。

 とにかく、
 ジョニー・ロットンの顔だ。
 声と、唄と、
 ダンスとファッションと、
 何よりも、顔だった。

 惹き付けられるというか、奪われるというか、
 追わずにはいられない魅力が、ジョニー・ロットンの顔にはあった。

 見開かれた目は、
 相手の脳ミソの血流まで見抜くかのように鋭く、
 その言動(歌詞)は、上辺ではなく、衝動を本質に隠している。

 ピストルズとは、ジョニー・ロットンである。
 そして、
 バンドを神格化したのは、してしまったのは、
 シド・ヴィシャスであった。

 シドは、真っ白く端正な顔つきはジョニーと似ていたが、
 伏し見がちに閉じた目は正反対で、自分以外のものすべてを拒んでいるようであった。
 彼が鵜呑みにできたのは、
 ムーブメントの喧噪そのもので、
 ジョニーが見抜いたエネルギー(衝動)の根源や、
 パンクの真意までは、及ばなかったのだろう。
 しかし、
 シドに訪れた死が、安易な騒動の象徴に祭り上げられるのも、
 それが所以なのかもしれない。

 複雑ではあるが。
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by y.k-ybf | 2005-09-28 21:53 | 映画 | Comments(0)

『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』


 厄介な映画だ。

 エピソードⅠを観たとき、
 何をダラダラやっとるのかと退屈を持て余したものだが、
 エピソードⅢは展開のスピードも情報量も半端なものではなく(早くて、多い)、
 バランスがおかしいのー、と、しみじみおもいました。

 例えば、
 アナキンがどれほど妻のパドメを愛しているのか、や、
 母の死がどれほどトラウマになっているのか、やら、
 ジェダイの正論が如何に束縛となりプレッシャーとなっているのか、とか、
 シスの誘惑から逃れる難しさ、とか。
 とか。
 もうちっと丁寧に描いてくれれば、
 作品自体の説得力となったのに、なあ。と。

 一応、パンフレットのほうで、
 ジョージ・ルーカス様の御言葉として、
 あえて伏線を排し、唐突かつ早急に、選択と進展を配置したとあった。

 そーだとゆーのだから、そーなんだろう。

 しかしキャラクター作りというのは、
 ストーリー重視のエピソードだけではなくて、
 例えば、
 食生活であったり、会話の対応だったりと、
 ストーリーとは関係のない部分で肉付けされるものであり、
 『スター・ウォーズ』は、
 特にアナキンのシリーズは、そのへんザックリ省かれている。

 ・・・まあ、わたくしが、指摘することでもないのですが。

 粗筋を語るのが、
 辻褄を合わせるのが、もー、必死なのだ。
 余裕など微塵もない。

 エピソードⅢは、
 観てる途中で、
 これは映画なのか、あらましをなぞって説明されてるだけなのか、
 疑問に感じるほどであった。

 なのに、
 おもしろいのだから、質がわるい。

 鑑賞後、何とも言えない到達感があるし、
 エンド・ロールにはルーク編の音楽なんて流れるし。

 質がわるいというか、
 これが30年も愛され、求められる映画の強さなのであろう。

 シリーズは、全体的にもこれで完結といわれているが、
 続きはテレビドラマでとか、アニメシリーズでやるとか、
 アナキン以前のエピソード0を撮るだとか、
 あやふやな情報が錯綜しておりますが、
 誰もが想像しながら、
 誰も成し得なかった、創れなかった、壮大なスペースオペラ、『スター・ウォーズ』。
 せっかくなんでw、
 イベント気分で映画館へ行ってみるのも、たのしいとおもいます。



 余談ですが、
 ルーク編であるエピソードⅣ、Ⅴ、Ⅵを観ておく必要はありませんが、
 エピソードⅡだけは観ておかないと、かなり解りづらいです。
 さらに楽しむためには、
 アニメの『クローン大戦』を観ておくのがよいでしょう。

 『クローン大戦』は、作品としてはグタグダでアレなんですが、
 ⅡとⅢを繋ぐ一本分ぐらいに重要な内容なので、お勧めです。
 (ネタバレになりますが、
  Ⅱは、
  クローン大戦が始まるぞと言って終わり、
  Ⅲは、
  大戦が終わるぞと言って始まります。
  つまりクローン大戦自体、映画ではさわり程度しか描かれておらず、
  丸々、アニメでやってるわけです。)

 また、ルーク編も観たいという方には、
 すっごい技術で作り直したビデオの特別編よりも、
 そこへさらに手を加えたDVDの特別編のほうがよろしいとおもいます。

 ちゃんと、ヘイデン・クリステンセンも出ております。
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by y.k-ybf | 2005-07-14 23:35 | 映画 | Comments(0)

『機動戦士Zガンダム -星を継ぐ者-』(2005)


 『機動戦士ガンダム』の「正統」な続編、、『機動戦士Zガンダム』が映画になった。

 正統な、と、付けなくてはならないところが、
 今の『ガンダム』の現状であって、微妙なのだが・・・。


 感想から先に言うと、どエラくおもしろかった。
 あの、
 「Zガンダム」がこれほど変わるのかと、そして変わっていないことが、驚いた。

 基本は、
 20年前に制作されたテレビシリーズを、映画三部作として再編集したものである。
 当然、いろいろと、画は古いし、劣化もしているので、
 新作カットを加えたり、エフェクトを追加したり、
 また新旧カットを違和感無く繋げるためにデジタルな技術を使ったりで、
 すっごい手の込んだことをしている。
 だったらぜんぶ描き直して新作にすればいいのにと、
 普通なら(自分も含めて)おもうところである。
 だが映画を観てみると、オリジナルの画を残すことで、
 あくまでオリジナルを尊重する「再編集」であること、
 そしてタイトルにもある「新訳」の意味が、明確になっていた。
 (監督もインタビューかなんかで、
  「ぜんぶ直すと、新作というか別の作品になってしまう。」みたいなことを応えていた。)

 ストーリーにも、展開にもおおきな変化はない。
 そのかわり、かなり豪快にカットされたところがあるし、説明の省き方も半端ではない。
 何しろこの一作目では、
 テレビシリーズでいうと1話から15話ぐらいまで、
 単純に計算すると約450分にもなるものを、
 2時間にも充たない映画にしなければならないのだから。
 そこに不満を感じるのもわかるが、
 大胆な編集によってテンポが抜群に良くなり、
 全体的に緊張感も増し、作品としての説得力も生まれていたので、
 正解だったようにおもう。

 オリジナルの『Zガンダム』を知っているものなら、
 あのZガンダムが、と、感じるほどに。

 おかげで一見さんは、完全に置いて行かれるが・・・。

 個人的に一番変わったとおもえたのが、主人公のカミーユ。
 オリジナルを観たとき、
 いつもイライラしてキレやすい印象で、感情移入ができないキャラクターであった。
 それがこの映画では、自然と受け入れることができた。
 本来、カミーユは一般市民であり、
 軍の兵隊でも、
 イデオロギーを主張していたわけでもない。
 女みたいな名前をからかわれて、
 兵隊さんを殴って補導された、年齢相当に情緒不安定な学生さんなのだ。
 それが事故、事件によって、
 戦争まで発展する(個人では抗うこともできないような)巨大なうねりに呑み込まれてゆく。
 映画ではそれが顕著に表現されていたし、
 逆に言えば、オリジナルが放映されたときには気付かないものだった。

 20年後の、
 新生でも再生でもない、新訳。
 結末が変わると噂に聞き、
 不安もあるが、それ以上に興味がわく映画であった。



 以上。



 でもやっぱり、新作カットの出来が完璧だったので、
 ぜんぶやっちゃえばなあと、つい考えてしまう。

 ギャプランとアッシマーが出てくるとこなんて、
 すごいですよ。
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by y.k-ybf | 2005-06-12 10:49 | 映画 | Comments(0)

『華氏911』

華氏 911 コレクターズ・エディション
/ ジェネオン エンタテインメント
ISBN : B0001X9D68

 今さらではあるが、やっと観た。

 マイケル・ムーアは、ノリツッコミのヒトである。

 「銃っていいよね。
  バンバン撃つとストレス解消になるし、黒人だって怖いし。
  この前、
  真っ黒に日焼けした白人を、黒人と間違えて撃っちゃったけど、捕まらなかったね。
  イラクでの話だけど。」

 ってゆー、アレ。
 そして基本が、どーしてもアメリカンで、恐ろしく真面目なヒトなのだ。たぶん。

 「アホでマヌケなアメリカ白人」とゆー本を、映画よりも先に読んだ。
 内容はたいへんおもしろいものであったが、
 基本がアメリカンなジョークにまみれておるので、
 正直、個人的には退屈でつまらないものだった。
 「アメリカ」を糾弾してるのに、
 書いてる人間が「アメリカ」そのものだから。
 しかしこれが映像になると一変、
 とてもおもしろく、見応えのある作品になってしまう。
 彼の生真面目な「素質」と、炙り出そうとする奇妙な「世界」は、
 ミスマッチであるが故に絶妙な反応を生み出すのだ。

 『ロジャー&ミー』や『ザ・ビッグ・ワン』など、そのへんとてもよい。
 『ボウリング・フォー・コロンバイン』は、
 最後の「写真」以外、ホントにうまく、「意識的に」やれてるヒトだなとおもった。

 が、
 『華氏911』は、そのどれとも違った。
 いつも序盤、
 かるいジャブと(その体格からは想像もできない)軽快なフットワークで試合をコントロールしてきたマイケル・ムーアが、
 試合開始早々から、
 トドメに残してきたはずのギャラクティカ・ナントカをバシバシ打ち込もうと、
 躍起になっているのだ。
 だいたい、
 これは「映画」ではなく、「ドキュメンタリー」でもないのかもしれない。
 誤解を招くかもしれないし、あまり言いたくもないのだが、「プロパガンダ」に近い。
 (だからこそ、「映画」なのかもしれんが。)

 『華氏911』は、そのほとんどが情報の羅列だ。
 マイケル・ムーアが集めて並べた、ブッシュ家の姿だ。
 よく耳にした批判の一つに、
 「あくまでマイケル・ムーア個人の見解に過ぎない。」と言うのがあった。
 まったく正しいとおもうのだが、
 彼が本当に描こうとしているものの、それは半分でしかない。

 この映画は、
 「で、どうする?」と、
 問い掛けを含ませ、残し、少々唐突に、終わる。
 ジョージ・ブッシュの再選を阻もうとしているのは明らかで、
 「どうする?」と、問い掛けているわけだ。

 委ねられた映画の結末はまだ先だろうが、経過は承知のとおりである。
 万博へ、手作り弁当すら持ち込めなくなってしまった。

 『華氏911』は、
 マイケル・ムーアのキャリアのなかで、
 おそらくもっとも個人的な見解で作られた、「映画」である。
 そしていまでも、
 「で、どうなった?」と、問い掛けてくるのだ。

 生真面目に。
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by y.k-ybf | 2005-05-30 10:56 | 映画 | Comments(0)

例の映画。


 魁!!クロマティ高校が映画になる。
 それも実写。

 正直、
 静観したいところであったが、このキャスト。

 渡辺裕之の「フレディ」も強力だが、
 板尾創路の「マスク・ド・竹ノ内」は、写真のインパクトだけで笑ってしまった。

 う~ん。
 どうだ?


 武田真治の「メカ沢」もなかなかだ。
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by y.k-ybf | 2005-05-24 14:13 | 映画 | Comments(2)

『交渉人 真下正義』


 『踊る大捜査線』の、スピンオフ・ムービー。
 と、いうやつ。

 それはさておき、
 なぜ、青島刑事の織田裕二が出ていないのだろうか。
 映画の出来とは関係ないのだが、
 それが気になって仕方ない。

 素直にパート3は作れんかったのか。

 織田裕二が出ないから、スピンオフものになったのか。
 元からの企画なのか。

 気になって気になって。


 肝心の映画のほうはですね、
 このスタッフなら、さすがという出来映えでございまして、
 愉しく鑑賞できました。
 が、
 しかし、押井守チックな「犯人」は、ちょっとつまらなかったなあ。と。
 おもいました。
 そのへん、映画というよりテレビのスペシャルものみたいだったかなあ。と。


 個人的に一番嬉しかったのは、
 若返ったのか老けたのか、観客を悪戯に惑わす水野美紀、
 ではなく、
 指揮者役で西村雅彦が出てきたこと。
 好きだった深夜番組『マエストロ』で、指揮者=マエストロ役を西村がやっていたので、
 狙ってたらすごいなと喜んでいたら、
 ホントに狙ってたようで、やられました。
 (監督やスタッフが、『マエストロ』に参加。
  役名も前主十路(マエストロの当て字)で、設定もちゃんと引き継いでる。)

 つくづく、恐ろしく憎々しい作り込みをやってのけるものだと、
 感心いたしました。
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by y.k-ybf | 2005-05-21 22:44 | 映画 | Comments(0)

『ガメラ 大怪獣空中決戦』 『ガメラ2 レギオン襲来』 『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』

ガメラ THE BOX 1995-1999
/ アミューズソフトエンタテインメント
ISBN : B00005HVAK



 ちょっと前に『デビルマン』というステキ映画がございましたが、
 この監督さんがお亡くなりになりました。
 それからしばらくして、
 スタッフサイドのニンゲンから『デビルマン』制作の際に、
 要するに、
 会社サイドから口出し手出しの妨害に近い圧力を受けたという話を、
 ネットで、知りました。

 『デビルマン』という映画についてはさておき、
 なぜ、オノレの会社の不利益になるような行為が、行われたのか。
 そこがとても気になりました。

 『デビルマン』がトンデモ映画になったのは、
 監督・脚本家の経歴を鑑みれば多少は納得できてしまうのですが、
 そこに「よこやり」が入ったのも事実なようで。
 こーいったことは『ゴジラ』や『ウルトラマン』といった特撮系の映画に留まらず、
 他の実写邦画、アニメ映画にも見受けられる。
 でしょう。
 まわりくどい言い回しになってしまいましたが、
 日本の「会社」というものは根本的にエンターテイメントを理解していないのではないか、
 てーことなのです。
 もっと分かり易くすると、
 お客さんの惹き方、お金の儲け方が、幼稚なのだ。
 もー、散々言われまくってるハリウッド的手法ですら、まだまだ無学なようで。
 ボッコボコ映画会社が潰れたのも、
 理由はその辺ではないかと。
 ええ。
 詳しい説明はしませんけどね。
 ええ、ええ。
 そーいやフジテレビの社長が、
 「テレビがインターネットに取って代われることはあり得ない」と、断言しておりましたが、
 そんな感覚だから乗っ取られるんですね。
 ソフトバンクに。

 さて。
 平成シリーズと言われる、ガメラの映画。
 もう十年前の作品になるし、
 公開当時からおもしろいとの噂は聞いておったのですが、
 観る機会をすっかり失ってしまい、
 やっとこないだ観ることができまして、じっさい、おもろかったのでとりあげてみました。

 この映画にも「よこやり」は当然のようにあるのですが、
 なんとか、
 なんとかその、子供を騙す程度の「よこやり」を、
 なんとか抑えて、踏ん張って、ガメラは作られた。ようです。
 素晴らしい。

 粗は指摘すればたくさん見付かるし、
 特撮にまるで興味がない人に勧めるのも気が引けますが、
 それでも『ガメラ』は乗り切ってるし、おもしろい映画になったとおもいます。
 特に、
 ゴジラの映画にイマイチ納得できないヒトは、みんなこの『ガメラ』に嫉妬したことでしょう。



 個人的には、『ガメラ2』の水野美紀がステキでございました。
 天然な才女を表面にしながら、
 ファザコンで性的依存を連想させるキャラクターを見事に体現というか、演じておりました。

 たぶん。





 (これを、
  『水曜どうでしょう』の次に取りあげたことに、気付いていただけたら幸いです。)
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by y.k-ybf | 2005-04-05 21:34 | 映画 | Comments(0)

『ドッグヴィル』

ドッグヴィル コンプリートBOX
/ ジェネオン エンタテインメント
ISBN : B0002AP1WK



 なんて映画かと、唖然としてしまう。
 勿論、
 ストーリーに関してだけ、だが。


 いつにもまして偏った感想になりますので、
 興味がない方は飛ばしてください。。。



 前作『ダンサー・イン・ザ・ダーク』もそうであったが、
 とにかく悲劇を編み上げようと必死なのである。

 「物語」というものは喜劇悲劇であれ、
 所詮は作り物のストーリーが結末に向かって進むだけのものではあるが、
 この監督さんのやりくちは、
 あまりにも露骨で、破綻的で、趣味に走りすぎている。
 気がする。

 陳腐な結末とか、な。

 それが悪いかどうか、という話ではなくて、
 はたして、それを共感できるニンゲンが、どれほどいるだろうか。
 ということ。
 この世の中で、監督以上にこの映画を愛しているニンゲンが、どれほどいるのだろうか。
 ということである。

 ついでにメイキングも観たのだが、
 期待に応えてくれる壊れっぷりを曝してくれる。
 (また、メイキングとしての出来も、ひどかった。)

 『ドッグヴィル』という映画は、一つの小さな村の話である。
 それも、スタジオに子供のママゴトのように白線で区切っただけの、
 壁も窓も屋根もない、簡単なセットがあるだけ。
 だからカメラは常に村全体を、村人全員を映すことになる。
 直接な絡みも関係もないシーンなのに、
 全キャストが同時に演技をしなければならない。
 それも想像の村の、目に見えない家の中で。
 さらに、区切りが床の白線だけだから、
 自然とカメラの位置も上から見下ろすようになる。

 これは監督の、一種の責任転嫁ではないだろうか。
 悲劇を生みだしたのは自分ではなく、自分たちである。
 この村と、村人と、カメラが映す「世界」のすべてであると。

 ええ。

 素晴らしく、くだらない映画がこうして出来上がったわけでございますが、
 ラストの、
 「ヤング・アメリカン」には、手を叩いて笑ってしまいました。


 たぶん、次の映画も観るのだろうなぁ。。。。。
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by y.k-ybf | 2005-04-03 22:12 | 映画 | Comments(0)

むしろ、レコード・プレイヤー、の、ようなもの。


by y.k-ybf
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